破魔弓を知る

正月飾りとしての破魔弓の歴史

正月を迎える男児に破魔弓を贈る慣習は、江戸時代前期ごろに始まり現代まで受け継がれています。
弓矢は、邪気から身を守ると昔から信じられてきた武具で、武士にとっては大切なものです。江戸時代の武家では、男児が成長して立派な武士として出世することを願って小さな弓と矢を初正月のお祝いとして贈ったのです。
新春に、破魔弓を使って的を射る遊びが行われていた時代もあったといわれています。

江戸時代後期になると武家に始まった風習である破魔弓が民衆に伝わり贈答品として定着し、次第に工芸的になっていきました。

破魔弓の成り立ち・意味

日本における破魔弓の起源は、宮中で皇子が誕生したときの「鳴弦の儀(めいげんのぎ)」といわれます。
儀式射礼または大射といい、幸徳天皇の大化三年(647年)から行われ、この儀式で用いられる「的」としてわら縄で円座のようなものを作り、これが「はま」と呼ばれました。矢を使わず弦を引いて弦打ちの音を四方へ向け発する(魔除けとは天地四方の邪気を払う神事のことであるため四方へ発するのです)という儀礼でした。 宮中や公卿の古い記録では、出産の際、産湯をつかうとき鳴弦の儀を行っていました。皇室では儀式のひとつとして今日でも受け継がれております。

のちに「はま」に「破魔」の字を当て、魔障を破り祓うという意味をもたせ、男児の正月の縁起の祝い物となりました。

この他にも、大晦日に朝廷で邪気を祓うために使われた葦(あし)の矢と桃の木で出来た弓で、鬼門に向けて射た「追儺の式(ついなのしき)」というものもあったといわれています。

このように弓矢は、古来から魔除けの象徴とされて、宮中から武家、武家から民衆へと風習が広がっていったのです。

弓矢が神聖なものとされる由来

「山の幸・海の幸」という言葉がありますが、サチ(幸)の、「サ」とは箭(や:矢の古い読みがサである)のことで、矢や釣り針を意味しており、「チ」は霊威(れいい)のことを指しております。つまり、弓矢や釣竿・釣り針などの狩猟具のことを、山や海の生命を食物として生きる人間にとって霊力を持つ神聖な道具としてきたことが表れております。恵比寿が携える狩猟具としても知られています。
日本では、弓矢は1万2千年前頃(縄文時代)からその存在が確認されており、鎌倉・戦国・江戸時代などで戦に使われた弓の長さは弥生時代に定着したと考えられております。

狩猟の時代では人々に生命の恵みをもたらすものとして重宝し、戦の時代では家を守る(命を守る)武具として重宝し、神聖なものと扱われてきました。
これが、弓矢を使わなくなった現代においても、破魔弓として贈られることの由来なのです。

破魔弓を飾る時期

日本では旧暦の十二月から一月の間は十二支による暦の上で「丑・寅」にあたり、いわゆる「鬼門(よくない結果が起こりやすい時)」の時期とされています。
つまり破魔弓や羽子板には、その時期を生命力の弱い赤ちゃんが無事に通過できるようにという願いがこめられているのです。

なお、新暦の現代では、十二月中旬から一月十五日位までお飾りするのが、一般的なようです。

破魔弓の部位

1)弓本体
破魔弓の造形美やバランスを決める上で、弓のフォルムが重要な要素です。横手人形の弓は、立体感・力強さがより強調されるよう大きな曲線を描いており、雄牛のように上部の方が前面にせり出しております。

2)弓弦(ゆみづる)
弓弦も一本ずつ職人が巻きつけています。横手人形では、金色か赤色の弓弦を使用しています。これは、「金」は古来より福を呼ぶ縁起の良い色とされており、「赤」は魔除けの色とされてきたことに由来しています。

3)矢尻
矢の先端が矢尻です。もともと本来の矢は当然ながら金属製ですが、破魔弓では、材質として金属の他に木製、樹脂製があります。矢尻のデザインにも違いがあります。

4)矢頭(やがしら)または矢筈(やはず)
矢を射る際に、弓を引く側のことを矢頭(やがしら)と言います。横手人形では、木製ろくろ引きか、樹脂で作られた矢頭が中心ですが、商品によっては、先割れ(弓弦にひっかけるよう中心が割れているもの)の矢頭もあります。

5)矢羽根
横手人形では、すべて天然の羽根を使用し、手作業で洗浄・柄合わせ・羽根貼り・カットを行っています。
主に使われる羽根は、雉(きじ)、金鶏鳥、銀鶏鳥で、その他にも白鷹や梟などの羽根を使用したものもあります。

6)矢の装飾(毛巻き・糸巻き)
毛巻きとは、水鳥の胸の毛を使用し、一方向に渦巻き状に矢棒を包んでいます。水鳥の質感が美しい装飾です。糸巻きは矢羽根を止める役割に由来しております。毛巻き・糸巻きともに職人がひとつひとつ手作業で巻きつけます。

7)矢棒
矢棒の素材は、木製か樹脂製です。色柄は、黒塗り、溜塗り(ためぬり)、竹柄など、商品によって違いがあります。

8, 9)弓の装飾(籐巻き・握り)
籐巻きとは、弓に巻きつけられた籐(とう)のことで、弓のデザインを彩る重要な装飾です。隙間なく巻きつけたり、クロスで巻きつけたり、間隔でバランスをとったり、熟練の職人の手作業によって破魔弓の印象をデザインしております。握りとは、弓矢を射る際に文字通り弓を握るところ。皮などを貼り、ものによっては模様が施されています。

10)バック(ケース背板)
金屏風や和紙、模様付き、絵柄付きなどバックにも様々な種類があります。横手人形では、破魔弓全体がつくる印象を損なわないようシンプルに、絵柄付きもバランスに配慮してデザインしております。「護身飾り」「出世破魔弓飾り」など、木製の立札も商品ごとにデザインを選び、もっともバランスがとれるよう配置しています。

11)ガラスケース
破魔弓にも様々なサイズがありますので、ガラスケースの大きさや形状も商品ごとに異なります。ケースの素材や塗りにも個性があり、塗り・木目・竹・桐などケースによって雰囲気は大きく変わります。写真の商品(横手人形:八宝寿)のように、八面のガラスケースもあります。

12)飾り房
神社や国技館でも見られる飾り房。商品ごとに様々な色や模様の組み紐を、矢や弓を包んで正面で結んでいます。日本では古来から「結び」を縁起の良いものとしてきました。菊結びや梅結び、総角(あげまき)結び等、伝統の結び方で破魔弓を象徴する装飾をつくっております。

13)飾り台(本体)
弓と矢を支えるための飾り台は、破魔弓全体の造形美を決める根幹となります。
横手人形では、力強さと優美さを共存させるため、塗りで重厚感を出しつつも、曲線のしなやかで洗練されたフォルムを演出しております。
また、横手人形の破魔弓は猫足を用いた飾り台が多くあります。「招き猫」に代表されるように、猫は福を呼び込む象徴ですので、必ず猫足は内側に向けて反った形をしております。